2008年 08月 05日
femme (for every mothers) |
子を産むのはただそれだけのこと
あなたは声もしぐさも変えないで
たったひと晩のうちに母になった
病院のベッドでそれとも夢の中で
誰かが白い布を着せてくれたから
あなたは選ばれたことに気づいた
人には知り得ない闇をたずさえて
夫や子や親たちの笑い声のなかで
あなたはなぜか一人ぼっちだった
選ばれることが幸福とは限らない
ミルからこぼれ落ちたコーヒー豆
テーブルにはパンの食べ散らかし
卵の黄身が付いた読みかけの新聞
日々の暮らしはいつもそういうもの
食事が三度である必然性はないし
育てるのが義務ではないと思うが
やはり重い腰をあげ台所へ向かう
わたしはどこか帰る場所が欲しい
出会いより別れの方が多くなって
時の速さが以前にもまして重たい
家を出る子供たちに病逝した友人
とうとう夫が死んだ朝にあなたは
誰もが思うことをかんがえていた
わたしもこのひとも別の夜明けを
迎えることができなかったのかと
どんな人生も最後に辿り着くのは
やはりおなじ場所なのだろうかと
老いたあなたが思いめぐらすのは
若き日の恋とひとつながりの記憶
あなたは杏の木にもたれているが
寄りかかっているのは実は木の方
あなたがやさしく木を支えている
いつのまにかそうすることに慣れ
いつのまにかあなたはそれを知る
じぶんこそ帰る場所であることを
じぶんが白い布を握りしめていて
誰かに手渡そうとしていることを
photo by rika okubo
(note:これは「その場で描かない」ドゥローイング。愛ちゃんが、「この絵で勝負をしたい」といった絵に紙をかぶせておいて、その場でそれを開けるという演出。これも自然に決まったこと。
詩は七年前の母の誕生日に書いたもの。これを読むと決めたのはライブ直前だったが、旧作を引っぱり出してきたのは、当日会場に愛ちゃんのお母さまも、うちの母も来るからだったためだろう)
by stcl
| 2008-08-05 14:08
| 詩/collaboration